
スピンオフブログ企画
――DX時代のAIを支えるアノテーション。そのアナログな現場のリアル
生成AIにいだく幻想と期待
〜ナレッジマネジメントにおける生成AI・RAG導入・活用時に考えるべきこと~
>>過去掲載ブログ(一部)
- 目次
1. 生成AIは「賢者の石」ではない。
2022年に登場した生成AIは非常にセンセーショナルで、その動作や振舞いは一見フィクションかのような錯覚を覚えるほどのものでした。生成AIに期待が膨らむ一方で、登場からしばらく経ち、生成AIを使い、知るにつれ、出来ること・出来ないこと、得意なこと・不得意なところがわかり、それが世間的にも浸透してきました。 弊社ではデータの整理やラベリング、生成AI (LLM)・RAGの活用を見据えた業務ドキュメントやナレッジの活用支援を事業として進めていますが、お客様からお話を伺っていると、生成AIの導入活用やデータの整備ラベリングを始める前に「まだ他の解決すべき課題が多くある」と感じる場面に多く遭遇します。
生成AI・RAGを導入することで、企業や組織で蓄積された独自のノウハウが詰まった形式知のドキュメントを効率的に活用でき、欲しい情報への検索性は飛躍的に高まることは紛れもない事実ですが、単に生成AIを導入すればうまくいくかというと、そう一筋縄ではいきません。そもそも形式知として蓄積されているナレッジであるドキュメントなどが整理、整頓されておらず散在していたり、ドキュメントそのものの記載方法やドキュメントへのナレッジの落とし込みレベルにもバラつきがあったり、RAGに適した状態になっていないことが多く、そのような状態のまま導入を進めると期待していたような効果が発揮されません。他のツール同様に、やはり生成AIも、中世の錬金術で伝説的に語られるような、卑金属をも「金」に変えてしまう「賢者の石」ではないのです。
各企業においてナレッジマネジメントにおける課題は様々あるものとは思いますが、今回は企業ナレッジマネジメントのDXとして、生成AIの導入を検討する際に、まず何に留意すべきか、知っておくべきかをテーマに、体制やプロセス・ルールの構築などを中心にナレッジマネジメントの基盤づくりの基本に立ち返りお話をしたいと思います。
2. ナレッジマネジメントの重要性とその変化
SECIモデルを引合いに出すまでもなく、企業のナレッジのマネジメントでは、形式知化された、さまざまな情報や暗黙知・ナレッジ共有を第一段階として始まり、その後、共有されたナレッジの利活用を経て、個人のノウハウとなり、それらがまた共有されることより実践に近いナレッジの蓄積へと昇華されていきます。ナレッジマネジメントは、ベストプラクティスの共有など、さまざまな目的を内包していますが、詰まるところ、ナレッジマネジメントは企業の活動源泉である知識の継承であることに変わりはありません。言い換えれば、ノウハウや形式知化できるナレッジの共有はどの企業においても、複数の人が当該事業や仕事に関わる以上、時代が変わっても、事業の継続性や企業競争力の維持・向上のために普遍的に必要不可欠なものであることに変わりはありません。またそれらを管理し、活用や管理を円滑に進める「決まりごと」は、ナレッジマネジメントという言葉や言葉の観念が生まれる前から、どの時代においても極めて重要なものとして存在してきました。ただ、普遍的に必要不可欠とされる一方で、生成AIの登場によって、効果的なナレッジマネジメントのあり方や構築の仕方も変化しつつあります。
3. ナレッジ活用の基盤づくり
ナレッジマネジメントにおいて生成AIの導入や活用を考える際にまず必要とされることは、ナレッジマネジメントの基盤を整えることです。生成AIなどのツールも基盤の一つではありますが、むやみにツールの導入や活用を急ぐのではなく、導入時にはプロセスやルール、加えて文化的な基盤が確立されていることが理想的です。少なくともプロセスやルールが整備されていないと生成AI・RAGを活用したナレッジマネジメントは上手くいきません。仮に生成AI導入が実現されたとしても、思ったような効果が発揮できなくなるばかリでなく、土壌や文化的な基盤が確立されないと一過性のものとして終わってしまいます。ここで一般的にナレッジマネジメントの基盤づくりには大きく以下の様な要素が必要とされており、次に解説をしていきます。
ナレッジを共有する土壌や文化の育成
ナレッジを共有する文化や土壌の育成はナレッジマネジメントの根幹となる部分です。やはり組織として自発的かつ自然に情報やナレッジを他の社員と共有する文化がないと、当然ながら一過性のものとしてナレッジマネジメントが終わってしまいます。
ナレッジマネジメントを推進する中での一例としてよくある話ですが、技能やノウハウを持った従業員は自身が持つ技能やノウハウを日頃から当たり前のものとして使っているので、それらを形式知化してナレッジを提供しても、他の従業員やメンバーにとって「それほど有益でない」と感じていることの方がむしろ多く見受けられます。 また情報やノウハウを文書・形式知化し共有するためにはそれなりの労力も必要となるため、ナレッジを提供することに躊躇することもあるでしょう。そのためナレッジを提供する心理的障壁を減らすことは土壌や文化の育成において非常に重要となります。
また、せっかく労力を払い組織のために提供した情報に対して、他の従業員からのリアクションが無かったり、活用され、役に立ったことが本人に伝わらなかったりすると、やはり自身の情報が「有益でなかった」、「労力に見合わなかった」とも受け取りがちになり、結果的にモチベーションがダウンします。 そのためナレッジを提供・共有することが当たり前の企業文化を育成するためには、ナレッジの提供や利用時のコミュニケーションを活性化する工夫を施したり、普段当たり前のように各個人が活用しているノウハウをナレッジとして提供・共有することが、組織にとってどれほど有益・重要であるかを浸透させ、例えば、人事評価制度の項目に加えてモチベーションを向上させたりするなど、会社や組織の経営層やそこに近いレイヤー層が主導して「ナレッジ共有を促す組織ぐるみの仕掛け」を行うことが必要になります。
ナレッジマネジメントのルール・プロセスの整備
至極当たり前であるがゆえに忘れがちになることも多いのですが、どの企業も独自のノウハウを持ち、それが企業の活動源泉となり企業活動を行っています。またそのノウハウや知見がサービスや製品に転嫁されているゆえに、提供する製品やサービスには価値があります。その意味において企業独自のノウハウが詰まったナレッジは企業活動の基盤とも言えます。そのため、どんなノウハウやナレッジが組織とって必要であるかを見極め、どのタイミングで共有し、その後、ナレッジの活用を経て得た知見・ノウハウを、ナレッジである情報にどのように添加・記載するかなどのルールやプロセスを整備することが重要であることは異論の余地はありません。
生成AIの登場で変化を遂げた企業・組織に求められるナレッジ
生成AIの登場で、Webに公開されているような一般公開情報は、驚くほど簡単かつ効率的に入手できるようになりました。そのような情報は生成AIを通じて容易に提供してくれるため、必要だからと言ってそのような情報やナレッジを組織で蓄積・共有しても、時間や労力に見合った効果は少なる一方です。今後その傾向は生成AIの普及や進歩とともにいっそう強まります。やはり企業や組織の価値を高めている知見やノウハウが何であるか、言い換えれば企業や組織のコアコンピタンスがどこにあるのか見極め、共有・蓄積すべきナレッジを見極め、共有すべきナレッジの基準やルールやプロセス等を整備・周知・徹底し、それを組織文化として昇華させる必要があります。
また、いくらルールやプロセスを整備しても、それを守り、守れるようなルールの設計や、時代や内外のニーズに合わせて継続的に見直しをすることが出来なければ効果は減少していきます。やはり、取り巻く経営環境や会社・組織における内部環境の変化、技術の進歩とともに、あるべき姿や最適なルール、プロセスは変化します。そのためにはPDCAサイクルというまでもなく、最適なタイミングで見直しを行い、現状に合ったものに変えていく必要があります。
ナレッジ管理者の設置
組織文化や状況にもよりますが、ルールやプロセスが根付くまで、ナレッジマネジメントの管理監督者を設置するなど、トップダウンでの管理体制の強化を行うことが必要です。例えば、情報やナレッジは、あらかじめ決められたカテゴリやルールで収まり切らないものが必ず出現します。管理者やメンテナンスを行う担当者がいないと、各個人のルールの解釈で情報を共有・管理するため、結果的に何にも分類されていない「その他」の情報が増え、時間が経つにつれ、管理以前の混沌とした状態に逆戻りします。また時間の経過とともに放置された利用価値のないナレッジも増え続けることになり、さまざまな弊害を引き起こします。やはりそういった意味でもナレッジの管理者を設置する必要があります。
ナレッジの活用と「知識の循環」を意識したプロセス
ナレッジは蓄積ばかりされても意味がありませんし、共有されているナレッジを利用してそれで終わり、ではまだ不十分です。ナレッジの利用を経て得た新たなノウハウや知見がそのナレッジにフィードバック・添加され、より今の実践・実用に向いたナレッジへと昇華されます。このプロセスを経ることで組織の知やコミュニケーションの活性化にもつながります。そのため、そういった「知識の循環」を考慮したプロセス構築に留意することも大切です。
ツールドリブンでのアプローチ
これまで述べてきたことはナレッジマネジメントを推進する上で必要な基盤となりますが、構築の進め方や順序にはそれぞれの企業や組織に合ったやり方があり、絶対的な正解はありません。生成AI・RAG導入に伴うプロセスやルールの再構築は必要ですが、上記で述べたような土壌や文化が整っていれば、生成AI・RAGなどのツールの導入は比較的容易になります。ただやはり、ルールの整備のみならず、特に土壌や文化の育成は時間を要します。そういったものが根付いていない組織にとって、土壌や文化の醸成を待っていては、いつまで経ってもナレッジマネジメントのDXである生成AI・RAGの導入が進まない状態になります。
また生成AI導入の失敗を恐れるあまり、ツールの導入前に、さまざまな検討にむやみに時間をかけ過ぎると、あらゆる場面でスピードが求められる昨今において致命傷にもなりかねません。
そういった場合には、生成AIなどのツールの導入ありきで推進し、ツールに合わせた最適なルール・プロセスを構築し、そこから文化を育成していくアプローチも有効となります。
また生成AIなどのツールは、ナレッジや情報を提供・共有する際の労力を軽減することによって、提供者の心理・労力的負担を減らしナレッジ共有の活性化を助長する側面もあります。卵が先か?鶏が先か?的な話にもなりますが、このことからも、ナレッジマネジメントでの生成AI導入おいて、進め方や順序に絶対的な正解がないとも言えます。
中小企業白書2021年に興味深いデータがあります。「導入するITツール・システムに合わせて業務プロセスの見直しを行う企業は、業務プロセスの見直しに合わせてITツール・システムの導入を行う企業に比べ、労働生産性の水準が高い」。つまりITツール・システム起点で業務プロセスの見直しを行っていくことが有効であると示唆される。と記載されています。
ナレッジマネジメントのITツールやシステムに限ったデータではなく、この2つのデータの差異にどれほどの有意性があるかどうかはわかりませんが、このことは、既に企業や組織にナレッジマネジメントのプロセスや基盤が存在しているかどうかに関わらず、導入を予定している生成AI・RAGなどのツール起点で、自社のプロセスやルールを作り・見直し、合わせ込んでいくことが、結果的に企業や組織の生産性を高める有効な手段の一つとなること。つまり、ナレッジマネジメントにおいても、ツールドリブンなアプローチが企業の生産性向上に寄与する有効な手段の一つになるとも考えられます。

中小企業白書 2021年版 第2部 第2章 第4節「中小企業におけるデジタル化に向けた組織改革」 第2-2-94図
4. 生成AI導入時に必要なナレッジデータ、ドキュメントの整理と整備
これまで述べてきたように、順序に関わらずナレッジマネジメントのDX化としての生成AI・RAG導入の際は、プロセスやルールを構築し、最適化することが必要です。ただ具体的な生成AI・RAGの導入フェーズに入っていく際に、まだ考慮、クリアしないといけないドキュメントの整理や整備という課題があります。
生成AIはドキュメントの集約・分析・検索に極めて高い能力を持っており、膨大なドキュメントを扱うナレッジマネジメントに親和性の高いツールですが、ドキュメントの整備や整理なしで、そのまま有効に活用できるほど進化していないのが現状です。RAGを活用して、社内形式知ナレッジとして蓄積されているデータやドキュメント類を参照する場合、生成AIが苦手とする図表データなどの非構造化データが含まれることも多くあります。そのような非構造化データの読み取りに長けたプロダクトもリリースされ始めていますが、やはり程度の差はあれど、ドキュメントの整備やデータの構造化なしに、期待するような回答精度を生成AIに求めることはできません。
加えて、ナレッジとしての情報やドキュメントが玉石混合な状態では、間違った情報や古い情報が含まれている可能性もあり、そうしたデータを生成AIが参照し、ハルシネーションといった間違った回答を提供する可能性も高まります。現存するナレッジとしての情報やドキュメントの整理や整備を進めることは、現状把握にもつながり、ルールやプロセスを改善する上でも非常に役立つものとなります。
5. まとめ
上段で述べたように生成AIはドキュメントの集約・分析・検索に極めて高い能力を持っている膨大なドキュメントを扱うナレッジマネジメントに親和性の高いツールです。有効に活用すれば、必要な情報を見つける時間や煩わしさから解放され、効率的に社内ナレッジの活用、ひいては企業の活動源泉である知識の活用や継承が飛躍的に高まります。それは結果的に企業の価値を高め、経営基盤をより強固なものとするための有効なツールとなります。また企業のナレッジマネジメントにおいて、生成AI・LLMの活用が常識になる未来もそう遠くはありません。
私自身も組織の運営において、これまで述べてきたようなことは特に留意をしてナレッジマネジメントを推進し進めてきました。ただ生成AIの登場は、これまでのナレッジマネジメントのあり方について大きく考えさせられるものでした。これだけ進化の速い技術である生成AIをどう使いこなしていくかは、どのお客様でもそうであると同時に、我々もまだ試行を繰り返しています。また上段で述べたようにナレッジマネジメントの進め方にも絶対的な正解はありません。やはり組織の状況や文化などによって課題も異なるため、それに合わせた進め方が必要になりますが、これまで述べてきたようなことが皆様のご参考になればと思います。
弊社では「将来的な生成AI・RAG導入・活用に向けての業務ナレッジ整備やマニュアル化の支援」、「企業に現存するドキュメントのデータの構造化」、社内データ整理・整備のための「データラベリング」、「アノテーション」など、さまざまなお客様の状況やご要望に沿ったカスタマイズサービスを提供しています。 ナレッジマネジメントや社内ドキュメントの整備、データの構造化でお困りのことがあれば、ぜひ気軽にご相談ください。
執筆者:
杦本 和広
アノテーション部 グループマネージャー
・前職Teir1自動車部品メーカーにて、製造ラインの品質設計や品質改善指導を中心に、モデルライン構築のプロジェクトマネジャー、業務効率改善 (リーン改善) コンサルティングチーム等、複数の部門横断プロジェクトを経験。
・現職では、ISO等のマネジメントシステム、ナレッジマネジメント推進等を経て、アノテーション事業の立ち上げ~拡大、アノテーションプロジェクトのマネジメントシステムの構築、改善等のディレクションに従事。