
昨今お客様から、「内部の事情でどうしても外注化できず、社内の空き人材を使って教師データ作成を内製で進めないといけないんです」という声をよくうかがいます。
AI開発の現場では、教師データの品質がモデル性能に直結するため、アノテーション作業は非常に重要な工程のひとつです。特に、製造業界においてはアノテーションを内製化する動きも見られ、社内で進めるからこそ直面する悩みも多く、事前にその傾向や対応策を押さえておくことが重要です。
今回の記事では、アノテーション現場で直面しやすい課題とその対応策を整理し、教師データの内製化を進めるうえでのコツを取り上げました。「AI開発エンジニアが自らアノテーションする場合」と、「AI開発エンジニアが社内の複数の人材を活用してアノテーションする場合」のそれぞれについて、製造業界で問題解決やプロセス改善を行うためによく使われるフレームワークである「4M+I」(Man(人材)、Machine(設備・ツール、Method(手法・作業フロー)、Information(情報管理」)の4つの観点から、実務に活かせる具体策をご紹介していきます。
注:4Mの一要素である「Material」については、アノテーションの実施とは別フェーズとなるため、本記事では割愛させていただいております。
- 目次
1. AI開発エンジニアが自らアノテーションする場合
1-1. Man(人材)
【課題】エンジニア自身の主観によるラベルのバラつき
エンジニアが自らアノテーションを行うと、「この程度の傷ならこのラベルでいいだろう」といった主観的な判断や、「このデータはAIモデルが間違えそうだからラベルをつけないでおこう」といったモデル開発を意識したバイアスが入り込む可能性があります。さらに、長時間の作業によって判断基準が曖昧になり、本来同じ判断になるべき複数のデータに対して異なる判断をしてしまうリスクも高まります。
【対策・コツ】標準化された仕様書の整備
まず、アノテーションの基準やルールを具体的な事例とともに文書化し、後々他の人に作業してもらう必要が出てきた場合でも誰が作業しても同じ判断ができるよう、仕様書を整備しておきましょう。仕様書は作って終わりでなく、「例外事例」や「よくある判断に迷うケース」などを蓄積していき、最新の判断基準に沿って作業できるようにします。
【課題】長時間作業による注意力・モチベーションの低下
アノテーションは比較的単調なうえに時間もかかる作業です。エンジニアが開発業務と兼務で行う場合、注意力やモチベーションが低下し、品質が下がる恐れがあります。さらに、大量のデータを処理することで疲労が蓄積し、集中力が落ちて、基準に沿った正確なラベル付けが難しくなる可能性も高まります。
【対策・コツ】作業スケジュールの最適化
データ1件あたりの目安時間を決めたり、ポモドーロ・テクニックを活用して定期的に休憩を取ったりすることで、作業中の疲労を抑えることができます。作業と休憩のルールをあらかじめ決めておくことで、集中力やモチベーションを保ちやすくなり、結果として全体のパフォーマンス向上にもつながります。
1-2.Machine(設備・ツール)
【課題】アノテーションツールの操作が直感的でない
アノテーションツールによっては、ショートカットが少なかったり、操作に慣れるまで少し手間取ったりするものもあります。マウスでの繰り返し操作が中心となるため効率が上がりにくく、慣れるまでの扱いにくさが品質・作業ペースに影響を与える恐れもあります。
【対策・コツ】より効率的なツールの導入
操作性や効率性に優れたアノテーションツールの導入を検討しましょう。例えば、「Annofab」は豊富なショートカット機能と直感的なインターフェースを備えており、作業効率を大幅に向上させることができます。使いやすさが作業者のストレスを軽減し、結果として品質の安定化にもつながります。
公式サイト:Annofab
【課題】作業履歴の管理が難しい
アノテーションツールによっては、「誰が」「いつ」「どのデータを作業したか」といった情報が記録されないことが多いため、仕様変更時に修正が必要なデータを特定するのが難しくなります。これにより、修正漏れや再作業が発生しやすく、進捗や品質管理に影響を与える可能性があります。
【対策・コツ】履歴管理機能のあるツールの活用
「Annofab」など、作業の担当者や実施日時、現在の進捗状況が把握できるアノテーションツールを活用すれば、誰がどのデータをどのフェーズで作業しているかが一目でわかります。仕様の変更があった際も、対応が必要な範囲をすぐに特定できるため、手戻りを防ぎ、品質管理もしやすくなります。
1-3.Method(手法・作業フロー)
【課題】アノテーション基準が曖昧な状態での作業
アノテーションの仕様がはっきりしないまま作業を始めたり、途中で何度も変更を加えたりすると、たとえエンジニア自身が対応していてもデータに一貫性がなくなってしまう恐れがあります。こうした仕様のブレが原因で品質に差が出たり、修正作業が増えたりし、結果的にプロジェクト全体の効率を下げてしまうことにもつながります。
【対策・コツ】仕様書の整備とチェックリストの活用
前述のとおり、アノテーションの基準を仕様書としてしっかり文書化することに加え、チェックリストの活用が見落としや判断のブレを防ぐのに役立ちます。特に、迷いやすいポイントや判断が分かれがちなケースを整理したチェックリストを作っておくことで、品質を安定させつつ効率的に作業を進めることができます。
【課題】QAチェックが行われないリスク
一人でアノテーション作業を進めていると、第三者による品質チェックが行われず、判断ミスや作業ミスに気づきにくくなります。さらに、長時間の作業で集中力が落ちると、誤認や判断のブレが生じやすく、そのままデータに反映されてしまう恐れがあります。
【対策・コツ】チェックリストを運用し、第三者的視点を保つ
アノテーションルールや判断基準をチェックリストのような形式にまとめ、作業開始前や途中で定期的に見返すことで、判断基準のブレを防ぐようにしましょう。自ら客観性を保つ仕組みを作ることで、判断ミスを減らすことができます。
1-4.Information(情報管理)
【課題】効率的なやり方に気づきにくい
一人で作業していると、「自分のやり方が最善だ」と思い込んでしまいがちで、実はもっと正確で効率的な方法(いわゆるベストプラクティス)に気づけないことがあります。その結果、無駄な作業が発生したり、品質にバラつきが出たりする可能性があります。
【対策・コツ】ナレッジの共有とチームでの定期的なレビュー
社内で活用しているツールや共有フォルダなどに、ベストプラクティスやエッジケースなどのナレッジを蓄積し、他のエンジニアを含めたチームメンバーと定期的にレビューする機会を設けることで、自分では気づけなかった改善点や効率化のヒントを得ることができます。こうした対話を通じて、ベストプラクティスの洗練や属人化の防止にもつながります。
【課題】作業が属人化し、引き継ぎが難しくなる
アノテーションに必要なツールや環境の設定方法が特定の人にしか分からず、他のメンバーが同じ作業を再現できないことがあります。このような状況では、引き継ぎや担当交代がスムーズに進まず、業務の停滞を招くおそれがあります。
【対策・コツ】「すぐ渡せる状態」を意識して情報を見える化
誰でも同じ環境を再現できるよう、ツールのインストール手順や使っているバージョンなどを簡単にまとめておきましょう。完璧なマニュアルを目指す必要はありません。ポイントは、「少しずつでも外に出す」こと。情報を見える形で残すだけでも、属人化のリスクはぐっと下がります。
2. エンジニアが社内の複数の人材を活用してアノテーションを行う場合
2-1. Man(人材)
【課題】作業者のスキルや経験にバラつきがある
複数のメンバーでアノテーションを行うと、スキルや経験の差により、品質を揃えるのが難しくなります。人の入れ替わりが多い現場では、経験が浅い人が作業することもあり、精度にバラつきが出るリスクが高まります。
【対策・コツ】トレーニングと継続的なフィードバック
本番作業を始める前に、全員に同じトレーニングを行い、仕様の基本理解を揃えておくことが重要です。その後も、定期的に作業内容をチェックし、作業者本人と品質や作業ペースに対する課題や対策を共有することで、品質の改善を図ります。
【課題】専任の作業者がいないことで生じる非効率
アノテーションや品質チェックの担当を専任で置けない場合、毎回作業内容の説明や教育が必要になり、時間やコストがかかってしまいます。さらに、プロジェクトごとに作業者が入れ替わると、作業の品質やスピードが安定しにくくなります。
【対策・コツ】情報共有会の実施
定期的に作業者を集め、情報共有会を実施しましょう(例:プロジェクト開始当初は毎日、以降は週1回など)。こうした場で作業時の気づき(陥りがちな判断ミス、効率的な作業方法など)を全員で共有することで、メンバーが入れ替わっても品質や処理速度のバラつきを抑制できます。
2-2.Machine(設備・ツール)
【課題】ツールの使い方にバラつきが出る
複数の作業者が同じアノテーションツールを使う場合、操作に慣れている人とそうでない人で作業スピードやミスの量に差が出やすくなります。自己流のまま作業していると、生産性や品質のバラつきが大きくなるリスクがあります。
【対策・コツ】操作マニュアルの作成とワークショップの実施
ツールの基本操作やショートカットをまとめたマニュアルを用意し、全員が同じ手順で作業できるようにします。あわせて、操作に不安がある人向けにレクチャーやワークショップなどを開くことで、習熟度を全体的に引き上げることができます。
【課題】チームでの共同作業がしにくい
アノテーションツールによっては、ユーザー管理やデータ管理の機能が不足していることがあります。これが原因で、作業者間でのデータやり取りや管理が手間になり、管理者の負担も増えてしまいます。
【対策・コツ】管理機能が充実したツールの導入
ユーザー権限管理やコメント機能、履歴追跡など、チーム作業をサポートする機能が整ったクラウド型アノテーションツールを導入しましょう。例えば、「Annofab」では役割ごとの権限設定ができ、チーム全体で効率的かつ高精度な作業を進めやすくなります。
2-3.Method(手法・作業フロー)
【課題】品質管理ドキュメントのメンテナンス不足
仕様の変更があった際に、品質管理に関するドキュメント(仕様書、Q&Aシート、チェックリスト、など)が整備されていないと、一部のメンバーが古い基準で作業を続けてしまう可能性があります。その結果、品質にバラつきが生じ、修正漏れが発生する恐れがあります。
【対策・コツ】ドキュメント管理の徹底とすり合わせ
仕様に変更があった場合は、速やかにドキュメントに反映し、チーム全体に共有しましょう。全員を集めて変更内容をすり合わせるMTGを実施するとさらに効果的です。全員が最新の基準をもとに作業できることで、認識のずれや品質のバラつきを防ぐことができます。
【課題】判断が難しいエッジケースが頻出する
アノテーション作業では、仕様書に記載されたルールだけでは判断がつかないエッジケースが多く発生するものです。作業者ごとに判断が分かれてしまい、品質のバラつきや修正の手戻りにつながることがあります。
【対策・コツ】エッジケース集で判断基準を統一
判断に迷ったケースを集めた「エッジケース集」を作成し、チーム内で対応方針を共有しましょう。事例ベースで判断基準を可視化することで、迷いを減らし、作業の一貫性を保つことができます。
2-4.Information(情報管理)
【課題】ナレッジが共有されず、同じミスが繰り返される
複数の作業者が独自に対応していると、質問や改善策、トラブルシューティングの情報が各所に散在しがちです。結果として、同じようなミスや質問が繰り返され、情報の整理が追いつかなくなります。
【対策・コツ】ナレッジを一か所に集め、誰でも見られるようにする
FAQや手順書、質問のやりとりをまとめた「ナレッジベース」をクラウドやチャットツール上に集約しましょう。情報を一元化することで、必要なときにすぐ調べられ、チーム全体の学びと効率が高まります。
【課題】QA担当者がいないと、ミスが繰り返されやすい
複数の作業者でアノテーションを進めると、ミスの傾向や改善点が把握されず、同じエラーが繰り返される恐れがあります。QA担当者がいないと、全体の品質を一定に保つのが難しくなります。
【対策・コツ】QA担当者によるミスの傾向分析とフィードバックの仕組み
専任のQA担当者を置き、ミスの傾向を分析して作業者にフィードバックする仕組みを整えましょう。分析結果をもとに定例ミーティングなどで改善点を共有すれば、品質の安定と向上につながります。
3. まとめ
今回の記事では、AI開発現場においてアノテーション内製化を進める際に直面しやすい課題とその対策・コツを、エンジニア単独で作業するパターンと社内の複数の人材を活用して作業するパターンに分けて詳しくご紹介しました。今回ご紹介した「Man(人材)」「Machine(設備・ツール)」「Method(手法・作業フロー)」「Information(情報管理)」の4つの観点から対策を講じることで、作業品質の安定と効率化を図ることが可能です。
重要なのは、作業を属人化させず、標準化・見える化された環境を整えることです。仕様書やナレッジの共有、ツールの使い方の統一、チェック体制の導入など、少しずつでも対策を積み重ねることで、社内でのアノテーション業務も高品質に運用できるようになります。内製ならではの柔軟性を活かしつつ、現場にフィットした体制を構築していきましょう。
4. ヒューマンサイエンスの教師データ作成、LLM RAGデータ構造化代行サービス
教師データ作成数4,800万件の豊富な実績
ヒューマンサイエンスでは自然言語処理に始まり、医療支援、自動車、IT、製造や建築など多岐にわたる業界のAIモデル開発プロジェクトに参画しています。これまでGAFAMをはじめとする多くの企業様との直接のお取引により、総数4,800万件以上の高品質な教師データをご提供してきました。数名規模のプロジェクトからアノテーター150名体制の長期大型案件まで、業種を問わず様々な教師データ作成やデータラベリング、データの構造化に対応しています。
クラウドソーシングを利用しないリソース管理
ヒューマンサイエンスではクラウドソーシングは利用せず、当社が直接契約した作業担当者でプロジェクトを進行します。各メンバーの実務経験や、これまでの参加プロジェクトでの評価をしっかりと把握した上で、最大限のパフォーマンスを発揮できるチームを編成しています。
教師データ作成のみならず生成系AI LLMデータセット作成・構造化にも対応
データ整理ためのラベリングや識別系AIの教師データ作成のみでなく、生成系AI・LLM RAG構築のためのドキュメントデータの構造化にも対応します。創業当初から主な事業・サービスとしてマニュアル制作を行い、様々なドキュメントの構造を熟知している当社ならではのノウハウを活かした最適なソリューションを提供いたします。
自社内にセキュリティルームを完備
ヒューマンサイエンスでは、新宿オフィス内にISMSの基準をクリアしたセキュリティルームを完備しています。そのため、守秘性の高いデータを扱うプロジェクトであってもセキュリティを担保することが可能です。当社ではどのプロジェクトでも機密性の確保は非常に重要と捉えています。リモートのプロジェクトであっても、ハード面の対策のみならず、作業担当者にはセキュリティ教育を継続して実施するなど、当社の情報セキュリティ管理体制はお客様より高いご評価をいただいております。