
近年、生成AIや機械翻訳技術の進化により、社内でAI翻訳を行い、レビューや品質保証のみを翻訳会社に依頼するケースが増えています。
「社内でAI翻訳を活用した訳文ができたので、品質確認だけお願いしたい」「翻訳作業はAIに任せて、人によるレビューを組み合わせたい」といったご相談も増えてきました。このようなAI翻訳後のレビューや修正を行う工程は、「ポストエディット」とも呼ばれています。従来の人手翻訳と比べて工数やコストを抑えられることから、こうしたフローを採用する企業も多くなっています。
もちろん、原文とAI翻訳結果があれば、英語表現の自然さや誤訳の有無、原文の意図が正しく反映されているかといった基本的な観点からレビューを行うことができます。ただし、IT・FA・ソフトウェア・製造業といった分野の技術文書の場合、「原文の内容が正しく訳されている」「英語として正しい」だけでは十分でないケースも少なくありません。用語の統一やスタイルガイドへの準拠、既存のマニュアルや仕様書との整合性、想定読者に合わせた表現など、品質に関わる要素はさまざまです。
本記事では、こうした観点を踏まえたレビューを実現するために、事前にご用意いただくと役立つ5つの情報をご紹介します。
1. 用語に関する情報

用語の統一は、技術文書の品質を左右する重要な要素のひとつです。
AI翻訳では、同じ概念や機能を指しているにもかかわらず、文脈によって異なる訳語が選択される場合があります。(これはAIがコロケーションを文脈ごとに最適化することで生じる結果と考えられます。)英語としてはいずれも自然で意味が通じる場合でも、マニュアルや仕様書では用語の一貫性が求められるため、そのままでは品質基準を満たせないことがあります。
こうした場合、用語集や社内標準用語、製品名・機能名・UI名称などを共有いただくことで、既存文書との整合性を考慮したレビューが可能になります。
また、社内で用語集が整備されていない場合でも、翻訳会社に依頼することで、対象文書から重要用語を抽出・整理し、推奨訳語を定義した用語集を作成することも可能です。特に複数の文書を継続的に翻訳・運用する場合、用語集を整備しておくことで、その後の翻訳・レビューの品質安定と効率化に役立ちます。
2. 過去の翻訳資産

用語の統一と並んで重要なのが、既存文書との整合性です。
長年にわたって製品やサービスを展開している場合、過去のマニュアル・仕様書・オンラインヘルプで使用されてきた表現との一貫性が求められることも多くあります。
AI翻訳は文脈に応じて自然な表現を選択しますが、当然ながら、過去の文書で使われてきた表現までは考慮されません。(プロンプトで指示することは可能ですが、考慮すべき表現や指示が多くなるほどプロンプトが複雑になり、作成・管理の手間も増えるため、実用的ではありません。)そのため、単体では問題のない訳文でも、既存文書と照らし合わせると用語や表現にばらつきが生じることがあります。
こうした場合、過去の英語版マニュアル・仕様書・翻訳メモリなどの翻訳資産を共有いただくことで、既存文書との整合性を踏まえたレビューが可能になります。(こうした翻訳資産は、専用ツールを活用してレビュー時に参照することができます。)複数の文書を継続的に運用している場合や、同一製品シリーズの文書を翻訳する場合は、特に効果的です。
3. 表現ルール・スタイルガイド

表現ルールやスタイルガイドも、翻訳品質を左右する重要な要素です。
文体や表記ルール、大文字・小文字の使い分け、見出しの表記形式、略語の扱い、数値・単位の表記方法などは、会社や製品ごとに異なります。米語・英国英語のどちらを採用するか、UI文言をどのように統一するかといった方針が定められているケースも少なくありません。
こうしたルールを事前に共有いただくことで、英語として自然なだけでなく、求める表現や文体に沿った仕上がりを実現できます。
また、スタイルガイドや表記ルールは、プロンプトとして整備し、LLM校正ツールのような独自のツールに取り込むことで、準拠状況のQAチェックの一部を自動化することも可能です。人によるレビューと組み合わせることで、より効率的かつ網羅的な品質確認につながります。
スタイルガイドが整備されていない場合でも、翻訳会社にレビューとあわせてその作成を依頼することができます。一度整備しておくことで、その後の翻訳・レビュー工程の品質安定と効率化にも役立ちます。
4. 文書の用途・対象読者

用語や表現ルールが整備されていても、文書の用途や対象読者によって適切な表現は変わります。
エンドユーザー向けのマニュアルと開発者向けの仕様書では、求められる表現や専門用語のレベルが異なります。同様に、マーケティング資料と技術資料では、文章のわかりやすさや伝え方も変わります。また、英語を母語とする読者向けか、第二言語として使用する読者向けかによって、適切な語彙や文章の複雑さも異なります。
たとえば、「Failure to comply with the above precautions may result in equipment malfunction.」は英語を母語とする読者にとっては自然な表現ですが、第二言語として使用する読者にとっては複雑に感じられることがあります。このような場合、「従属節+主節」のシンプルな構造を使い、「If you do not follow these precautions, the equipment may malfunction.」のように書き換えることで、より伝わりやすくなります。
こうした情報をあらかじめ共有することで、レビュー担当者は単に「英語として正しい」表現ではなく、読者にとってわかりやすく、文書の目的に合った表現を選択しやすくなります。
ちなみに、こうした対象読者への配慮は、プロンプトに適切な指示を加えることでAI翻訳に反映できる部分もあります。ただし、文書全体で一貫して反映されているかどうかは、レビューで確認することをおすすめします。
5. お客様独自の品質基準・こだわり

スタイルガイドや表記ルールとは別に、意外と見落とされやすいのが独自の品質基準や表現上のこだわりです。
たとえば、マニュアルにおける代名詞「you」の扱いひとつをとっても、会社や製品によって方針は異なります。読者に直接語りかけることで親しみやすさや操作の明確さを出したいという理由から使用を好むケースもあれば、簡潔さや客観的なトーンを重視するという理由から使用を控えるケースもあります。
以下はその一例です。
※横にスクロールできます
| 原文 | ソフトウェアを更新する前に、バックアップを作成してください。 |
|---|---|
| 「you」を使用する例 | Before you update the software, create a backup of your data. |
| 「you」を使用しない例 | Before updating the software, create a backup of the data. |
また、原文と訳文の文構造をどこまで対応させるかも、方針が異なるポイントです。翻訳メモリの管理や将来の改訂作業を重視し、原文1文に対して訳文も1文で表現することを求める場合もあれば、読みやすさを優先して、必要に応じて複数文への分割を許容する場合もあります。
以下はその一例です。
※横にスクロールできます
| 原文 | 主ワイヤーと補助ワイヤーによる二重支持構造を採用しており、主ワイヤーが破断した場合でも補助ワイヤーによって支持されます。 |
|---|---|
| 1文で表現する例 | The device employs a dual-support structure consisting of a main wire and an auxiliary wire and remains supported by the auxiliary wire even if the main wire breaks. |
| 複数文に分割する例 | The device employs a dual-support structure consisting of a main wire and an auxiliary wire. Even if the main wire breaks, the device remains supported by the auxiliary wire. |
また、「e.g.」「i.e.」「etc.」といったラテン語由来の略語の扱いも、方針が異なります。これらの使用を推奨するケースもあれば、わかりやすさを重視して「for example」「that is」「and similar [components/devices/items]」などを使用し、略語を避ける方針を採用しているケースもあります。
こうした好みやこだわりを事前に共有いただくことで、より期待に沿った仕上がりを実現できます。
6. まとめ
最後に、本記事でご紹介した内容を一覧にまとめます。
※横にスクロールできます
| 事前に共有する情報 | AI翻訳レビューで期待できること |
|---|---|
| 用語に関する情報 | 用語の統一 |
| 過去の翻訳資産 | 既存文書との整合性 |
| スタイルガイド | 文体・表記ルールの統一 |
| 文書の用途・対象読者 | 読者に適した表現 |
| 品質基準・こだわり | 期待する品質への対応 |
AI翻訳の精度が向上しても、「品質の高い翻訳」の定義はプロジェクトごとに異なります。用語の統一、既存文書との整合性、スタイルガイドへの準拠、独自の表現ルールなど、こうした要素を踏まえてはじめて、技術文書としての品質が確保されます。
今回ご紹介した情報の一部は、AIツールのプロンプトを活用することでAI翻訳に反映できる部分もありますが、意図通りに反映されているかどうかはレビューで確認することをおすすめします。
レビューを依頼する際は、原文やAI翻訳結果に加え、今回ご紹介した資料や情報もあわせて共有することで、より期待に近い成果物につながります。
AI翻訳の精度は向上していますが、技術文書では用語の統一や既存文書との整合性、スタイルガイドへの準拠など、人によるレビューが重要な役割を担います。
ヒューマンサイエンスでは、AI翻訳後のレビューサービスにも対応しており、用語集や翻訳メモリ、スタイルガイドなどを活用しながら、お客様の品質基準に合わせたレビューを行っています。
「AI翻訳は導入したものの品質に不安がある」「レビューのみ依頼したい」といった場合も、お気軽にご相談ください。
7. AI翻訳レビューに関するよくある質問
- QAI翻訳だけで十分な品質になりますか?
- QAI翻訳後のレビューだけ依頼できますか?
- Q翻訳メモリがなくても大丈夫ですか?











