これまで「多言語組版ノート」では読みやすい組版のための習慣・作法・約束事について述べ、それをDTPでどう実現するかについてはあまり触れずに来ました。理由は二つあります。
一つはこの記事の主な想定読者は組版者ではなく編集者、つまり原稿を作って指示を出す側の人だからです。組版者は原稿の指示に従って組むのが原則ですから、組版の品質を保つには組版者だけでなく編集者も組版の知識を備えている必要があります。
もう一つはDTPの効率化や自動化に熱心な一方で組版品質がお留守になっている作り手に、少しでも組版のことを気にかけてほしいと思ったからです。技術革新は素晴らしいことですが読みやすさを犠牲にしてはなりません。
とは言え、英語の文章の品質が多言語の翻訳の品質を左右するように、英語のDTPデータの作り方が多言語組版の品質や作業性に影響するのも事実。そこで整然とした英語DTPデータの作り方についてInDesignを題材に考えてみたいと思います。
日本語用の環境と多言語用の環境を用意する
英語を組むのに一番いい作業環境は英語版のInDesignです。欧文組版に必要なパネル類は過不足なく表示され、各種デフォルト値は欧文に最適化されています。逆に不要な機能(縦組み・日本語コンポーザー・ベースライン以外の文字揃えなど)は表示されません。
ただ、英語版だけだと欧文以外を組むときは不便で制約もあります。日常的に欧文や多言語を広く扱うなら日本語版と英語版(アラビア語サポート)の2環境を用意するのがよいでしょう。作業内容に応じて環境を切り替えることでRTL言語(Right-to-Left=右から左に読む言語)を含む幅広い言語に対応することができます。
なお本記事の執筆時点では2台のPCにライセンス認証できるが両方を同時に使うことはできない、というライセンス形態です。
アプリケーション全体の環境設定とファイル個別の環境設定
環境設定といえば普通はアプリケーション全体の動作を設定するものだろうと思いますよね。InDesignの環境設定にはアプリケーション全体の設定とファイル個別の設定があるのですが、困ったことにその設定画面が分かれておらず渾然一体となっていて区別が付きません。わかりにくいので以下に図示していきます。
一般/インターフェイス/UIの拡大・縮小|General/Interface/User Interface Scaling
ファイル個別の設定はありません。
テキスト|Type
「英文引用符を使用|Use Typographer’s Quotes」は必ずチェックを入れましょう。チェックを外すと間抜け引用符が使用されてしまいますが、これは欧文組版における禁忌肢(問答無用で即失格になる選択肢)のひとつです。引用符については過去記事をご覧ください。
>> 多言語組版ノート:引用符
高度なテキスト|Advanced Type
組版|Composition
「カスタマイズされたトラッキング/カーニング|Custom Tracking/Kerning」はチェックを入れることをおすすめします。日本語で付けた「文字ツメ」や「文字前のアキ量」などを始末してきれいな英語データを作るのに役立ちます。
それから、日本語版にあって英語版にない設定や機能がいくつかあります。これらは日本語から英語に翻訳展開する時点で使わなく(使えなく)なります。
単位と増減値|Units & Increments
グリッド|Grids
ガイドとペーストボード|Guides & Pasteboard
文字枠グリッド|(設定なし)
辞書|Dictionary
各言語ごとの引用符が登録されていて欧文については信頼性が高いと思います。いちいち調べたりせずInDesignを信用していいでしょう。ただ欧文以外については疑問が残る言語もあります。
欧文スペルチェック/スペル自動修正/注釈|Spelling/Autocorrect/Notes
ファイル個別の設定はありません。
変更をトラック/ストーリーエディター/表示画質|Track Changes/Story Editor Display/Display Performance
ファイル個別の設定はありません。
黒の表示方法|Appearance of Black
ファイル管理|File Handling
クリップボードの処理|Clipboard Handling
ファイル個別の設定はありません。
文字組みプリセットの表示設定|(設定なし)
(設定なし)|Right-to-Left
アラビア語・ペルシャ語・ヘブライ語など右から左へ読む言語のみで使用する設定です。
主な参考資料
Nigel French, InDesign Type: Professional Typography with Adobe InDesign (3rd edition), 2014
>>関連資料:ポストエディット品質チェックシート ダウンロード