この組版どう思いますか?
今回は文字や記号の間違いの指摘ではありません。この組版は全体的にちょっと読みにくいのでもう少し読みやすく作り直したいと思います。あなたならどこを改善しますか。
良くない点
この組版にはAvant Garde Gothicフォントが使われています。丸がほぼ正円の幾何学的なサンセリフで、その名の通り前衛的で近未来的な印象の見出し用フォントです。広告・パッケージ・ロゴのような「見せるもの」に使うと実に効果的です。
その反面、書籍・記事・マニュアルなど「読ませるもの」には向いていません。丸い空間と密集した縦線の濃度の差が目に付いて読むリズムが乱されます。それに特徴の際立ったフォントは強い印象を残しはするものの、癖の強さが鼻に付いて内容が頭に入りませんし、地に足の付いていない素人デザインと紙一重でもあります。読み手は面白い文字を見たいのではなく文章の意味を知りたいのです。
改善案
文章を読むのを邪魔しない、長文に向いたフォントへの変更を検討します。サンセリフで癖がないフォントといえばHelveticaが第一選択肢に挙がります。読みやすさを優先するなら字間がゆったりしたUnivers、あくまでも幾何学的な印象に拘るならFuturaなども良いでしょう。
最適なフォントを選ぶには文章の内容や伝える目的に加えて、フォントデザイナーの意図――どんな場面でどのように組まれることを想定したか――を考え合わせる必要があります。読みやすさより見てくれを優先したり、適材適所を蔑ろにして身勝手な拘りを主張したりするのは無意味です。
定番フォント、他に何かないの?
翻訳に持ち込まれる外部データで最もよく使われているフォントはArialです。でも使うことに決めた理由は読みやすいからではないですよね。Helveticaに似ているから、どのPCにも入っていて別途買わなくても済むから、多言語の字形が多く収録されていて潰しが利くから、といったところではないでしょうか。成立ちにまつわる事情から使いたがらない作り手も少なくないのですが、実用上の問題はありません。
次に多いのがTimes New Roman。元々は新聞書体で、輪転機で大量印刷しても活字が欠けないようセリフが武骨で黒みが強く、多少インクが滲んでも可読性があります。質実剛健を体現するフォントで、優雅さや高級感とは無縁です。どのPCにも入っていて多言語の字形が多いという点はArialと共通です。
Times New Romanの金属活字
何でもかんでもこの2つで済ませたら作り手は楽でしょうが代わり映えしませんし、そもそもそんなに良いフォントか?と思わなくもありません。それに、使う場面を間違えれば読者は違和感を覚えるでしょう。マニュアルは組めても広告には不向きですし、役所の書類は組めても高級ブランドのカタログには向きません。惰性でフォントを選ぶのは勿体ないなと思います。
特別感のあるフォントの選択はデザイナーに任せるとして、日常使いの定番フォントは他に何かないのでしょうか。
代替案
追加費用なしで多言語に使える定番フォントという条件で考えた場合、Adobe Fontsで提供されているフォントは選択肢のひとつです。例えばArno、Garamond、Minionはいずれも癖がなく読みやすい書籍組版用の定番フォントです。サンセリフだとMyriadがバリエーション豊富で使いやすいでしょう。いずれも欧文各国語の他、ベトナム語・ロシア語・ギリシャ語もカバーしています。
他に――誰もが見慣れていて特別感は皆無ですが――OSやOffice製品のバンドルフォントの中にもあなたの用途に合ったフォントが見つかるかもしれません。勿論、フォントに費用をかければ選択肢は大きく広がります。
フォント選択の基準
目的に合うか
文章の内容、製品や顧客のイメージ、それらを伝える方法・メディアに合っているか。
読ませる用途:可読性(readability)が高いか。引っかかりなくすらすら読めるか。読み手に存在感を意識させない無色透明の空気のようなフォントか。
見せる用途:視認性(legibility)が高いか。ぱっと人目を引きつけられるか。ひと目で強い印象を残せるか。遠くからでも判読できるか。
長文を組んで違和感がないか
字形が綺麗でも長い文章を組んでみるとしっくりこないフォントもあります。書体見本だけ見て決めるのではなく、組見本もよく吟味しましょう。
太さや字幅のバリエーションがあるか
1つのフォントファミリーで組めば統一感を出せます。
イタリックの品質が良いか
ローマン体が良くてもイタリックがイマイチな場合が案外あります。
必要な字形が揃っているか
例:
・○○語に必要なダイアクリティカルマーク(発音区別符)はあるか。
・ギリシャ文字やキリル文字は収録されているか。
・アラビア語とペルシャ語を1つのフォントで組めるか。
・必要な記号類は全部揃っているか。
・合字やスモールキャップ、オールドスタイル数字などは?
など。
その他
組み合わせて使う他のフォントとの相性はどうか。
妥当な価格か。「無償」に釣られて上記のポイントを軽んじていないか。
主な参考資料
Jost Hochuli, Detail in typography, Éditions B42, 2015
Robert Bringhurst, The Elements of Typographic Style (4th ed.), 2012
サイモン・ガーフィールド『私の好きなタイプ 話したくなるフォントの話』ビー・エヌ・エヌ新社、2020
髙岡昌生「欧文組版の ABC(第3期)」TypeTalks 分科会(セミナー)、2015
>>関連資料:ポストエディット品質チェックシート ダウンロード